いつもとちょっと違う母の日

皆様こんにちはデザイナーの睦です。

皆様は土日と、いかがお過ごしになられましたでしょうか。

私はといえば、買い物に行ったり、Kさんと会ったり、一度仕事の関係で帰省される(一週間くらい?)姉の彼氏さんを母姉と供に彼氏さんを新大阪の駅まで見送りに行ったりと、のんびりとした休日を過ごしてました。

姉の彼氏さんが帰省中なので、昨日は久しぶりに姉の彼氏さんがいない、私姉祖母の3人だけの晩ご飯だったのですが 最近はすっかり4人での晩ご飯に慣れてきたので、いらっしゃらないと寂しいですねぇ(´∵`)

姉の彼氏さんがこっちに引越して来てくれてからというもの、4人での食卓は毎日爆笑の晩ご飯で、毎日祖母が「ほんまおもろいなぁ」と言いながら楽しそうにしていたので、もしかしたら彼氏さんの帰省は姉よりも祖母の方が寂しいのかもしれません。

姉の彼氏さんが引越してきてくれたり、今まで結婚のけの字もなかった私と姉の事情が変わってきて、色々と動いてくれたり心配してくれている母の、束の間のおやすみ。

Mr.とおそろい(写真にはうつってないけどマダムも)の服装で、寝相がすごい。 今年の母の日にはKさんと、お互いのお母さんに母の日のお花のプレゼントを贈りあいっこしました。

最初、Kさんは「お母さんに何を贈ったらいいかな?ペットグッズかな」と言ってて、だいぶ母の性格を掴んできてくれているなぁと思いました。

なんせ我が家は人間は一着千円くらいのGUを着て犬はオーダーメイドの服を着る家ですので。

結局、双方同じ物の方がいいよということで、メッセージカードをそえた、お花のブーケを贈ることとなりました。

母以外の女性に、「お母さんへ」とメッセージカードを書くのは初めてで緊張しましたが、嬉しかったです(^^)

同じようにKさんが私の母へのメッセージカードを書いてくれているのですが、ぶっつけ本番の私とは違い、何を書くか別紙に下書きをしてから時間をかけてじっくり書いてくれていらっしゃる。 座右の銘は【事前準備】だそうです。

ちなみに姉と姉の彼氏さんからは母にマッサージ枕を贈ったそうです。 よく枕でブルブルしてるみたいです。

そんな、今年はいつもとちょっと違う母の日でした(´∇`)

母の日の由来については昔にブログで書いたこともあるのですが

昔、アン・ジャービスさんという、地域の医療・衛生環境の 改善に努めた女性がいました。 【アン・ジャービスさん】

アンさんはボランティア団体を設立し、南北戦争が起こった際には、北軍も南軍も関係なく、全ての兵士たちに助けの手を差し出す女性でした。

このアン・ジャービスさんが亡くなったあと、娘のアンナさんが「毎年国中で母の日を祝う」 というアイディアをを披露し、皆から大賛同を受けました。 【娘のアンナさん】

第1回目の母の日は、アンさんの命日だった3日後の第二日曜日に協会で行われました。

アンナさんは参加者全員に、自分の母親の好きだった白いカーネーションを500本送ったそうです。

「母の日=カーネーション」はそれが起源になっているのですね。

昔は「母が健在なら、赤いカーネーション」「亡くなっていれば、白いカーネーション」と区別されていました。

しかし赤と白という区別を生む状況や、母親がいない子供への配慮もあり

「母の日には赤いカーネーション」が一般化したそうです。

亡き母を想う女性の行動からはじまった母の日。

私は母を想ってどころか、母にはこれから更に色々と心配をかけることも多くなりそうですが、その分 嬉しいこともたくさん贈りたいと思っておりますはい。

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