3D

皆様こんにちわ 店長の睦です。 絶賛3D作成中です。 従来のCADソフトでは出来ない リアルな凹凸が表現できるという3Dを任され なんだかんだで泣き事と共に4年間歩んできましたが ソフトの性質上、彫刻のように3Dを作っていく過程で 4年前に比べ デッサン力が上がったとか 造形技術が上がったとかは特に思わないんですが あらゆる方法を色んな方向から考える能力は少し上がった気がします。 ある形の製品モデルを作りたい。 でもこの方法じゃできない。 じゃああの方法は? それが無理ならこの方法は? それでも無理ならこの方法とあの方法をかけ合わせてみたら? 毎回3Dをしている時はパズルを解いているような気になります。 感覚でいうとロジックをかけ合わせているような 頭の中はピタゴラスイッチ状態。 多分日常生活で3Dをしている時が一番頭を働かせている気がします。 あとは結構活動が控え目。 私にとってまさに無理ゲーかと言っていい難易度から始まる事もある3Dの仕事は 毎回何十個と保存データを作って 何度も最初からやり直してやり直してやり直して ようやく小さなひらめきから完成への出口がつかめるという なんとも危なっかしいものなので いまだに新しい3Dの仕事が入ってきた時は ちゃんとデータを完成できるか毎度不安になります。 というか、今まで3Dの仕事をなんだかんだで こなせてきた事が自分でも不思議なぐらいです。 最終的に金型や入れ子がちゃんと出来上がってきているのは、 常務や現場の人達の加工技術で助けられてる部分が多いからだと思います。 しかし偶然にもひらめきが降りて来なかったら 完成すらしてなかったデータもたくさんあるんじゃないかと。 その光景を想像したら怖すぎた。 偶然降りてきたように思えるひらめきは多分、 今まで泣きごと言いながらもやってきた仕事で培われた知恵なんだろうな。 3Dの仕事好きじゃないからあんま認めたくないけど・・・。 「ひらめきとは、今まで知らず知らずの間に培っていた知恵の事である。」 3Dの仕事で一番学んだ教訓です。 トーマス・エジソンが残した名言 「天才とは1%のひらめきと99%の努力である。」 なんかこう見えて天才も影で努力してますねん的な いい感じの言葉に聞こえますけど 実はこの言葉の正しい意味は 「1%のひらめきがなければ、99パーセントの努力は無駄になる」 らしいですね。 「1%のひらめきを感じとることができれば、 99パーセントの無駄な努力をしなくとも大丈夫なのさ。」 という事です。 でもエジソンさん、普通は 99%の努力をしないと 1%のひらめきは手に入らないんですわと言ってやりたいよね! って事で今日も私は泣きごとと共に なんだかんだで頑張っております。 おかげできっと今日の晩ご飯も美味しいわい。

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